黒く焼けたホルモン──メラノーシス診断と、静かな反省
五月の下旬、久しぶりに検査を受けた。
職場に休暇届を出して、馴染みの消化器外科へ向かう。
天気は晴れだった気がする。
そういう記憶ほど、すぐに曖昧になる。
病院の待合室というのは、なぜだか落ち着く。
テレビの音、紙をめくる音、名前を呼ぶ声──
そうした雑音が、むしろ心地いい。
静かすぎると、人はかえって不安になるのだろう。
トイレの前で年配の男性に声をかけられた。
「検査かい? 今日は出すのが仕事だな」
少し笑いそうになって、やめた。
冗談なのか、ただの観察なのか、判断がつかなかった。
控室に通されると、六畳ほどの狭い部屋に
古いテーブルがひとつ。
向かいに座っていたのは、アキヤマという名の老人だった。
八十近いらしい。二人で並んで、紙コップに下剤を注ぎ、
「くーっ」と冷酒のように喉へ流し込む。
「ここは居酒屋かね」
彼がそう言って笑い、僕も曖昧に笑った。
出ては戻り、また少し話す。その繰り返しのあいだに、
特別な話はなかった。ただ、会話に
湿り気のないところが印象に残った。
消化器内科という、人の最も無防備な部分に
近い場所で交わされた、淡々とした時間だった。
検査の結果、大腸に黒い斑点があると言われた。
「黒皮症です」
医師の声は柔らかく、深刻さはなかった。けれど、
モニターに映った自分の腸は、炭のように黒かった。
焼けたホルモンを思わせる色だった。
見るべきでない場所を見せられたような、
不思議な居心地の悪さがあった。
「アロエの入った健康茶など、飲まれていませんか?」
思い当たる節があった。自然派をうたう市販の茶を、
夕食後に飲んでいたのだ。
それが、原因かもしれないという。
治療の必要はなく、
半年から一年ほどで沈着は消えるらしい。
つまり、やめればいい。
ただし、本当にやめれば、の話である。
身体は正直だ。
ここ最近の下腹部の違和感も、あの微かな臭気も、
見えないところで何かが進んでいたサインだったのだろう。
「まずは、普通の食事をしてください」
医師は穏やかにそう言った。
その声には、どこか諦めにも似た響きがあった。
過剰な健康意識と、半端な知識。
人はその二つでしばしば遠回りをする。
僕自身がそうだった。
便秘に悩む人は多い。特に若い女性のあいだでは、
それが習慣のように定着している。
だが、薬や健康食品より先に、
一度だけでも専門医を訪ねた方がいい。
恥は、一瞬で済む。恥をかくなら、
病院の方がずっと安全だ。
外見を整えることには敏感でも、
内側を気にかける人は少ない。
臓器にも、ときどき目を向けてやるべきだと思う。
それは清潔感とも理屈とも違う、
ある種の身だしなみのようなものだ。
僕は今日から、あのお茶をやめる。かわりに、
ただの水を飲もう。できるだけ冷やして。
サントリーの天然水は口当たりがやわらかくて好きだ。
水道水でも構わないが、ときどきは贅沢をしたい。
人生に、魔法の杖はない。
それでも、自分の身体の声に耳を澄ませる
くらいの慎ましさは、持っていていい。
そう思って、今夜はこの日記を書いた。
ラベル: 長い文章

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