3/15/2010

ぼくのフェロモンは間違っているかもしれない


   猫がどうにも苦手だった。
あの冷ややかな目と、決して媚びない気質。
夜更けに飲んだ安酒の、舌に残る
妙な余韻のように、どうも馴染めなかった。

それなのに、そんな僕の偏見を
あっさり裏切る奴が現れた。
妙に人懐こくて、こちらの様子をうかがいながら、
いつの間にか距離を詰めてくる。
「お前も案外、悪くないな」とでも言いたげな目つきで。

最近のささやかな楽しみは、業務の
合間に立ち寄る公園で、その猫と過ごすひとときだ。

ひっそりとした場所。
営業車が何台も停まり、冷えた孤独を
抱えたまま、それぞれが休んでいる。

僕の軽も、その一台。
白い箱みたいな車だ。
少し前にテレビで見た車に似ている。
違うのは、運転手が冴えないという点くらい。

けれど、エンジンを止めると、あの猫は必ず駆け寄ってくる。
他の車には目もくれず、僕のもとへ。

餌もあげたことはないし、名前も呼ばない。
それでも、黙って足元に身を沈める。

今日もそうだ。
まっすぐに、僕のほうへ。 

どうしてだろう、と考える。
だが最近は、いっそ都合よく考えることにしている。
いまの僕には、少しむつごろう成分が
滲んでいるのかもしれない。

忙しい日々が続く。ありがたい話だ。
不景気の風に吹かれながらも、
仕事があるのは幸運だろう。
甘い誘いは横に置き、ひたすら貯めていく。
いつか迎える静かな日々のために。

……たとえ、僕の
フェロモンが間違っていたとしても。

それで誰か──一匹でも──
近づいてきてくれるのなら、
それはそれで、まあ、いいじゃないか。

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