3/09/2010

弔いジャパン──過剰覚醒の春


   2009年の春、サムライジャパンが世界を制した。
その栄光からまもなく一年が経とうとしていたが、
当時の僕の暮らしは、
その喧騒から遠く離れた場所にあった。

むしろ、静かに沈んでいく感情の沼地で、
ひとりじっと足元を見つめていた。
あれはもう、「弔いジャパン」とでも
名づけたほうがよかったのかもしれない。

慰めの言葉として、自分の中で作ったフレーズがある──

「陰鬱さもSomeTime」──

語呂の悪い慰め歌みたいなその言葉を、
まるで護符のように唱えながら、電気ブランを煽っていた。

「真面目にやっていれば、いつかいいことがある」

そんな呪文は、もう21世紀じゃ効かない。
あれはどこか、民話のように霞んでいた。

だからこそ、土曜日に届く「どう? 来れる?」の
短いメッセージが、当時の僕をかろうじて
地上に繋ぎ止めていたのかもしれない。

間延びした会合のローテーションにすら、
僕は「ダリーな」のひと言で背を向けた。
なのに彼らは、そんな無愛想な
拒絶にもめげず、声をかけ続けてくれた。

今ならわかる。あのぬるくて、手のひら
みたいな温度の言葉が、
僕を溺れさせない浮き袋になっていたのだ。

僕の中で、弱音はいつだって準備されている。
たぶん、大脳新皮質がそういう構造でできている。

この夜もまた、特売スーパーで買った第三の
ビール500ml缶を三本あけた勢いで、
キーボードに向かっている。

厚生労働省なら「過剰な覚醒」と記すだろう。
海馬がひとりで騒いで、舌がうまく回らない。

それでも、彼らのくだらない言葉が、
だいたい28%くらいの確率で、
僕を現実に引き戻してくれる。
そのくらいの按配が、ちょうどよかった。

ウェブという名前の、果てのない
引き出しのなかに、今日の僕を収めておける。
芸能人でもない僕が、気取ったふうに
日々を「報告」してしまう。
そんなのも、この時代の習性みたいなものだ。

たとえば、「生きてくダサい」なんて稚拙な
文言が携帯に届いても、それが朝のカレーや、
目覚まし時計のけたたましい音と
同じくらいの力で、眠りから引きはがしてくれるなら──
それはもう、割引ワゴンの中で見つけた
サンテ40(定価430円→197円)と同じくらいの効能がある。

こういう文章にアンチがつくこともある。
でも、もはやヘアヌードにも
毒妻本にも検閲が入らぬ時代だ。
ならば、僕のこの文章も、ひとつの
無害な発話として流してしまえばいい。
そうでもしなきゃ、バルビツール酸の
記憶なんて封じ込められない。
もう二度と、それに頼らない時代を生きるために。

なお、数日前に、ある映画を観た。
画面の奥に流れていったのは、
ブロムワレリル尿素、ジアール──。
1993年ならまだ入手できたその名も、今では遠い。

薬の名前にすら、郷愁を覚えていた。
それが、2010年の僕だった。

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