1/03/2011

発毛days


   午後の二時ごろ、地元では名の知れた神社へ向かった。
朝はひやりとしていたが、昼を過ぎると風もやわらぎ、
歩いていても汗ばむこともなく、ちょうどいい陽気だった。

ただ、人が多かった。
鳥居から参道の奥まで人が列をなし、
境内は小さな渋滞のようだった。
背中を押されるように進んで、かろうじて手を合わせる。
深く願うというより、形式だけのような参拝だった。

──あらためて、元日の朝に
初詣を済ませておいてよかったと思う。
町のはずれの小さな神社は、ひと気もなく、静かだった。
お賽銭箱に小銭をそっと入れて、心の中で目標を伝えた。
ああいう、神様と一対一になれる
感じが、自分には合っている気がする。

それにしても、あれだけの人の願いを、毎年、漏らさず
受け取っている神様というのは、なかなかのものだと思う。
そんなことを考えながら、ふと想像する。
神様も途中でうんざりして、空を見上げたり、
雲の形を追いはじめたりしないのだろうか。

たとえば僕なら、三十分も話を聞き続けたら、
だんだん注意がそれてしまう。
とくに恋愛の相談は長くなりがちだ。
唾をとばしながら早口で話す相手の顔を見ているうちに、
口の端に泡がたまってくるのが気になる。
その泡が次の言葉といっしょにどうなるのか、
そっちのほうに集中してしまう。

それでも話は止まらない。
息継ぎのタイミングもわからないまま、言葉は続いていく。
返事をしているようでいて、途中からは
ほとんど上の空になっていることもある。
それでも相手は満足そうに
帰っていくのだから、不思議なものだ。

悩みというのは、誰かに預けるふりをして、
自分の手で少しだけ離すことなのかもしれない。
その加減を、いつか自然に覚える
ようになるのが、大人ということなのだろう。

神様も、泡のことまでは気にしていないと思う。

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