さなぎのままで ─ 変わらなかった10月の断片
2001年10月26日(金)
晴れ。給料日。
通帳に並んだ数字を眺めて、ひと息ついた。
理由はない。ただ、人は数字に慰められることがある。
せっかくだから──と、
ふと思い立って変態について考えてみた。
昆虫には、完全変態と不完全変態があるという。
蝶やカブトムシのように、
さなぎを経て姿を変えるのが完全変態。
幼虫と成虫では、食べるものさえ違う。
一方、不完全変態の昆虫は、さなぎの時期を持たず、
脱皮を繰り返してそのまま大人になる。
バッタやカマキリがそうだ。
昨日、ベランダの角で見かけたカマキリは、
今ごろどこにいるのだろう。
じっと一点を見据え、こちらには目もくれなかった。
人間の僕はというと、どうやら完全変態型らしい。
かつて、ある女性にそう言われたことがある。
褒め言葉ではなかったが、
反論する気にもなれなかった。
変わったようで、何も変わっていない──
それが僕の「さなぎ」の正体かもしれない。
2001年10月28日(日)
朝から雨。昼を過ぎてもやまない。
部屋にこもって、日記帳
ホームページのレイアウトをいじった。
無意味なようで、妙に落ち着く作業だ。
画面と向き合っていると、時間がすり抜けていく。
妹に頼んでおいたチョコレート菓子が山ほど届いた。
卵型のチョコに、小さな
動物のフィギュアが入っている。
シリーズ第5弾らしい。
こういう無駄が、どうしても捨てられない。
夕方、パソコンをつけると、
いつもの相手がネットの向こうにいた。
長く話すわけではない。
けれど、こちらが沈んでいる
ときに限って、なぜかそこにいる。
それだけで少し気持ちが軽くなった。
夕飯はとろろ。
粘り気のあるものは苦手だ。
食べものの問題というより、
食べている自分が情けなく思えるだけだ。
あさって、水曜日は有給をとった。
友人と出かける予定がある。
行きたいのかどうか、自分でもよくわからない。
2001年10月29日(月)
朝から暑い。左の頭と肩が重く、体調はいまひとつ。
風邪をひかないタイプだと
思っていたが、そうでもないらしい。
昼、在庫を数えていて中指をカッターで切った。
今もキーボードを打つたびに、痛みが走る。
どうにもならない一日だったが、
部屋の隅のギターを取り出し、Bマイナーを鳴らしてみた。
その響きに、少しだけ救われる。
「僕の息、においますか?」
ニラを食べすぎたせいで、そんな独り言をこぼした。
誰に向けたのか、自分でもわからない。
笑えるのに、どこか静かな夜だった。
2001年10月30日(火)
晴れのち曇り。
風邪は少しよくなったが、喉の奥がまだ痛む。
子どものころから、扁桃腺を
やられるとすぐ熱が出る癖がある。
月末の在庫調べ。
数字を追ううちに、会社の売り上げが
あまり芳しくないことが見えてくる。
あまり考えないようにしても、
ふと将来のことを思ってしまう。
このままでは、いつか出稼ぎで
遠い国に行くのかもしれない
──中国とか、台湾とか。
帰宅してテレビをつけると、
失業率5.3%という数字。
中指の傷はまだ痛む。
そのせいか、今日の心は
ずっとBマイナーのままだった。
ギターを手に、昔の唄を口ずさむ。
金がなければくよくよします
女にふられりゃなきまする
腹が減ったらおまんまたべて
命つきればあの世行き
リズムはゆるい8ビート。
簡単な歌詞だけれど、今の気分にはちょうどよかった。
2009年11月1日(日)
晴れのち曇りのち雨。
午前、蓮花寺池公園をぐるりと一周した。
取り立てて楽しくもないが、悪くもなかった。
ただ歩くことが、ひとつの救いのように思えた。
午後は昼寝。眠ったというより、横になっていただけ。
それでも体が少し軽くなった。
夕方、古本屋に寄り、文庫を二冊。
誰が読んでもどうということのない本。
けれど、ページをめくるだけで安心する。
店を出ると、雨。傘は持っていなかった。
濡れながら歩く。
口の中で「トホホ」という言葉が転がった。
そんな言葉がまだ自分の中に残っていたことに、
少し驚いた。
ラベル: 再掲載「赤い日記帳」

