塀のない家
2001年10月19日(金)
「おいべっさん」
朝、空気がやけに冷たかった。
顔を洗ってベランダに出ると、
肺がびっくりしたように呼吸した。
思わず「寒い朝」なんて口ずさんでしまう。
自分の口から昭和が出てきた気がして、
ちょっと恥ずかしかった。
「こころひとつであたたかくなる〜♪」
なんて歌いながらも、実際のところ、
心が二つあっても寒いものは寒い。
カタカナで言えばサムインダー。
言ってみても寒い。
それでも、バイクで通勤するにはいい陽射しだった。
風が強いが、向かい風も挨拶みたいな
もんだと思えば、悪くない。
今日から作業服は長袖。袖を通した瞬間、
刑務所の匂いがした。
もちろん入ったことはない。
たぶん前世の記憶か、映画の影響か。
仕事は相変わらず。黙々と、
時々ぼんやり、たまにサボる。
労働なんてのは、そのくらいがちょうどいい。
真面目にやりすぎると、心まで摩耗する。
今週はトイレ掃除の当番だった。
夕方4時半から20分間、後輩のHと便所に入る。
これは仕事というより、儀式だ。
実際には水をまいただけで終わった。
掃除というより、口裏合わせである。
会社を出ると、やけに道が混んでいた。
クラクションとエゴと鉄の箱がぶつかりあう、
金曜夜の祭典。
家の前も見事に渋滞していた。
何事かと思えば「おいべっさん」──
地元のえびす講だった。
神社のほうが賑やかで、なるほどなぁと思う。
昔は芸者やら愛人やら連れた男たちが、
ぞろぞろ歩いていたという。
無駄な歩き方のほうが、人間らしかったのかもしれない。
効率とか合理性とか、そういう
ものに生活が絡め取られると、魂が乾く。
ちょっと熱くなった。すみません。
明日は休みだが、財布が軽い。というより、空。
引きこもる以外の選択肢がない。
さて、寝よう。
2001年10月20日(土)
「クラッシュ!」
午前4時すぎ、妙な夢を見ていた。
誰かに小突かれているような夢で、あまり愉快じゃない。
寝ているんだか起きているんだかわからない、
そんな時間帯だった。
その時、ズシン――と地の底から鳴るような音。
続いて、ギィッとタイヤのきしむ音、
パリンとガラスの割れる音。
これはただごとじゃない。
外に出てみると、案の定、我が家の塀が崩れていた。
見事なまでに風通しのいい家になっている。
隣の空き家はもっとひどく、太い柱が折れていた。
ぶつけた車は50メートルほど先に
鼻先を潰して止まっていた。
前輪は、もう飾りのようなものだった。
運転手は警官と話をしていた。
顔までは見えなかったが、
後ろ姿でなんとなくわかる──若い女だ。
いつの間にか集まった野次馬が、
「これ、タイヤ動いてたら逃げてたな」
などと言っている。
まあ、人の不幸には口が軽くなるものだ。
僕も似たようなことを言った覚えがある。
通報したのは、彼女の車の動きが怪しいと思って
こっそり後をつけていた一般人らしい。
尾行癖のあるご近所スパイ。どこにでもいる。
問題の運転手は制服姿ではなかったが、
妙に整っていて品があった。
正直なところ、事故現場で
なければ見とれていたと思う。
車はオペル。夜の四時、そしてこの車種。
最初はホステスかと思ったが、
あとで聞いたら昼間の会社員だという。
じゃあ何であんな走り方を、と首をひねる。
酒か、薬か、あるいはメールか。
当時はみんな、運転しながら
テンキーボタンを連打していた。
やがて彼女の父親が現れた。
これがまた上品で、「娘には甘そうだな」と思った。
教育というのは、伝わっているようで伝わらない。
まあ、うちの塀みたいなもんだ。
昨日書いた「渋滞」の話が、
まさかこんな形で続くとは。
神様が悪戯好きなら、ちょっと性格が悪い。
崩れた塀を見ながら、世界貿易
センターの映像を思い出した。
現実の崩壊というのは、
人の中のバランスも一緒に崩す。
気づけば下半身が妙に冷たく、少しだけ漏らしていた。
恥ずかしいというより、負けたなと思った。
誰にかはわからないけれど。
昼間はよく晴れていたが、
塀のない家というのは落ち着かない。
こちらからも世界が見えるし、
世界からもこちらがよく見える。
風通しがいいのは悪くないけれど、背筋が伸びる。
そういう一日だった。2009年10月19日(月)
「袖口に季節が宿る」
今朝の空気は、秋というより冬の入り口を思わせた。
でも、8年前みたいに刺すような冷たさではない。
あの頃の寒さは、肌を叩いてくる感じだった。
今日、会社で作業服を冬物に切り替えた。
偶然だが、8年前と同じ日だった。
無意味な符合に、思わず笑った。
ただ、あの頃より地球はぬるい。
温暖化か、体の鈍りか。おそらく両方。
厚手の袖を通すと、
「またこの季節が来たな」と思う。
何かが始まる感じではなく、
何かがじわじわと後退していく感じ。
2009年10月20日(火)
「ストレスとタバコと塀の記憶」
書くことのない一日だった。
仕事もやる気も結果もない。
三拍子揃って、まあ平和といえば平和だ。
ふとタバコが恋しくなる。
ライターを持っていないことが、
妙に心強く感じる日もある。
酒も同じだ。
手を出せばきっと堕ちる。だから出さない。
家では飲まないと決めて、
それを守っただけなのに、なぜか疲れる。
我慢というのは、後味がある。
会社に行きたくない理由は単純だ。
行きたくないから。
それ以上でも以下でもない。
ストレスに強いタイプではない。
間違いなく、弱い方だ。
まあ、それで生き延びているのだから大したものだ。
8年前の今日、あの事故があった。
美人が塀に突っ込んできた日。
結局、飲酒運転だったと聞いた。
今なら即アウト。ニュースにもなって、
ネットで袋叩きだろう。
人生を数年ぶん、吹き飛ばされたかもしれない。
あのときも、どこかボタンが
ひとつ外れていたんだろう。
たいていの不幸は、その外れたひとつを
誰も直さなかったことで起きる。
人はあれから8年たっても、あまり進歩していない。
信号をすり抜ける車も、携帯をいじる運転手も、
減っていない。そして僕自身も。
壊れた塀の記憶は、ときどき立ち上がってくる。
音じゃなく、空気の揺れで思い出す。
あの朝の冷たさのように。
忘れたころに、ふっと戻ってくる。
ラベル: 再掲載「赤い日記帳」


<< ホーム