肩凝りと青春の延長戦
2001年9月17日(月曜日)。
秋の香りがする、マンデーマンデーだった。
左肩が痛くて、憂鬱な月曜日。
一日はあっという間に過ぎたけれど、
それを充実と呼んでいいのか分からない。
昨日導入したスカパーは、
二週間無料で観られるらしい。
ガッチャマン、ヤマト、ヤッターマン。
昭和のアニメを立て続けに観ながら、
「昭和だねぇ、ナツカシイ…」とつぶやく。
けれど、安易に「懐かしい」
に逃げてしまうのは、十年早い。
まだ青春を体験しきっていないのだから。
十代の僕は、塀の中の懲りない面々のようで、
井の中の蛙で、浦島太郎でもあった。
まるで懲役を受けたような時間を過ごし、
同世代からは確実に遅れていた。
内面は空っぽで、ただ焦るばかり。
ウィダーインゼリーのように、
すばやく栄養を吸収して追いつきたい。
できれば追い越したい──そんな気持ちでいた。
2009年9月17日。
八年前と同じように、
左肩の凝りに悩まされている。
吐き気を伴うほどで、
アンメルツを常備していた頃を思い出す。
しばらく無縁だった痛みが、また戻ってきた。
まるで不意に、不機嫌な
水たまりに足を取られたようだ。
処方された薬を患部に
擦り込みながら考える。
──八年前の僕は、焦っていた。
誰かと比べては劣等感を募らせ、
無意味な競争に自分を追い込んでいた。
今はもう、比べない。
「人は人、自分は自分」と強がりながら、
少し距離を置いている。
それは諦めに似ていて、
無関心の言い換えかもしれない。
去年の今頃は、街に出て
どうにかストレスを誤魔化していた。
今年はそういう場所へ足を向けていない。
異性への興味すら、
気づけば薄れてしまっていた。
要するに──
僕は年を取ったのだろう。
けれど、それを「無意味」と
呼ぶにはまだ早い。
肩の痛みとともに、
あの頃の自分はいまも
背後から追いかけてくる。
延長戦は、静かに続いている。
ラベル: 再掲載「赤い日記帳」

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