曇天と回転寿司──2001年、清水にて
曇り空とナガシマン(2001年9月28日・金)
朝から分厚い雲が空を覆っていた。
給料日。封筒を開けて、思わず目をそらす。
皆勤手当じゃなくて「精勤手当」になっていた。
「……優しい数字だな」と思ったとき、
たぶんもう疲れていたんだと思う。
帰ってパソコンを開き、
Internet Explorerを6にアップデート。
進行バーをぼんやり見つめながら
「重いなあ」とつぶやく。意味もなく。
白いMacは、その夜だけは触る気になれなかった。
あの冷たいオシャレ感が、くもり空の日には
ちょっとこたえるのだ。
テレビでは「長嶋監督、今季限りで退任」。
ナガシマン──名前だけで国民的存在。
人気の理由はよく分からなかったけれど、
人は説明できないものほど好きになるのかもしれない。
恋愛と同じで、理屈が分かったら
冷めてしまうんだろうな。
スポニチの購読も9月でやめるつもりだった。
なぜか毎年、春に始めて秋にやめる。
季節の行事みたいな購読パターン。
「来年は最初からやめとこう」
そう思いながら、静岡新聞だけ残すことにした。
清水を歩く午後(2001年9月29日・土)
またしてもくもり空。もう一週間ずっとこんな感じ。
後輩と新静岡センターで待ち合わせ、静鉄で清水へ。
車内は混んでいて、やけに若い女の子が多い。
その明るさが、こちらの疲れを
スポットライトみたいに照らしてくる。
新清水駅に着くと、空気が静岡と少し違った。
ほんの一瞬だけ、旅に出たような気分になる。
急に晴れて、日差しがまぶしい。
ダンガリーシャツを脱いで半袖で歩く。
目的地は「ドリプラ」──
人が多くて、カップルだらけ。
プリクラの前には長い列。
男ふたりで歩くには、
ちょっと気まずい空気だった。
寿司ミュージアムは正直、眠気の勝ち。
そのまま回転寿司に入り、昼ごはん。
安い皿ばかり取っていく。
サラダ軍艦、手巻き、またサラダ。
赤身やいくらは遠慮した。
「こういうとこ来て普通の
寿司ばっかってどうなんすか」
後輩が笑う。
どうもこうもない。高い皿を取ると、
財布より先に心が落ち着かなくなるのだ。
気づけば、安い皿ばかり積み上げた「寿司タワー」──
誰に見せるわけでもない、僕の安上がりな摩天楼。
食後にゲーセンへ寄ったけど、すぐ飽きた。
清水駅へ戻り、アーケードの
ゲームショップでPS2を眺める。
「高いな」と言いながら、
そこまで欲しいわけでもなかった。
焼肉と筋肉痛(2001年9月29日・夜)
静岡駅に戻り、駅南の焼肉屋へ。
外観は立派だったけど、焼き加減はいまいち。
数枚を炭にした。
ハツは避けてハラミばかり。
禁酒中なのでウーロン茶を
ビールと思い込んで飲む。
……不思議と味までそんな気がしてくる。
酔った気分になりながら、肉を焦がし続けた。
「楽しかったか?」と聞かれると、答えに困る。
退屈ではなかったけど、
すごく楽しかったわけでもない。
その中間の、あいまいな時間。
あとから思い出すのは、
いつもそんな時間ばかりだ。
帰宅すると、曙の引退番組。
「東関部屋、出世したな」とぼんやり思う。
筋肉痛がやってきていた。
焼肉よりも、こっちの方が翌日にしっかり残った。
あれから8年(2009年9月29日)
あれから8年。
スポニチも読まず、静岡新聞もやめた。
「新聞は脳を活性化する」という広告を見て、
一瞬だけ購読を考えた。
でも、脳の活性化が一瞬で終わった。
ニュースはネットで十分、という時代。
でも開けば、怒号と感情のフェスティバル。
ニュースというより、絶叫マシン。
乗った覚えがなくても、
勝手にベルトを締められて振り回される。
そんな中で、このブログの断片も
検索で拾われることがある。
「清水 回転寿司 曇り空」
とかで来られても困る。
これは僕個人のくもり空であり、
なんの役にも立たない情報なのに。
それでも時代はおかまいなしだ。
誰かのクリックが、
僕の安い寿司タワーや、ぼんやりした夜を
踏み荒らしていく。
……まあ、いいか。
ここは読むためじゃなく、
ただ書き残すための場所だから。
ラベル: 再掲載「赤い日記帳」

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