9/29/2009

曇天と回転寿司──2001年、清水にて


 曇り空とナガシマン(2001年9月28日・金)

朝から分厚い雲が空を覆っていた。
給料日。封筒を開けて、思わず目をそらす。
皆勤手当じゃなくて「精勤手当」になっていた。

「……優しい数字だな」と思ったとき、
たぶんもう疲れていたんだと思う。

帰ってパソコンを開き、
Internet Explorerを6にアップデート。
進行バーをぼんやり見つめながら
「重いなあ」とつぶやく。意味もなく。

白いMacは、その夜だけは触る気になれなかった。
あの冷たいオシャレ感が、くもり空の日には
ちょっとこたえるのだ。

テレビでは「長嶋監督、今季限りで退任」。
ナガシマン──名前だけで国民的存在。
人気の理由はよく分からなかったけれど、
人は説明できないものほど好きになるのかもしれない。
恋愛と同じで、理屈が分かったら
冷めてしまうんだろうな。

スポニチの購読も9月でやめるつもりだった。
なぜか毎年、春に始めて秋にやめる。
季節の行事みたいな購読パターン。

「来年は最初からやめとこう」
そう思いながら、静岡新聞だけ残すことにした。

清水を歩く午後(2001年9月29日・土)

またしてもくもり空。もう一週間ずっとこんな感じ。
後輩と新静岡センターで待ち合わせ、静鉄で清水へ。

車内は混んでいて、やけに若い女の子が多い。
その明るさが、こちらの疲れを
スポットライトみたいに照らしてくる。

新清水駅に着くと、空気が静岡と少し違った。
ほんの一瞬だけ、旅に出たような気分になる。

急に晴れて、日差しがまぶしい。
ダンガリーシャツを脱いで半袖で歩く。

目的地は「ドリプラ」──
人が多くて、カップルだらけ。
プリクラの前には長い列。
男ふたりで歩くには、
ちょっと気まずい空気だった。

寿司ミュージアムは正直、眠気の勝ち。
そのまま回転寿司に入り、昼ごはん。

安い皿ばかり取っていく。
サラダ軍艦、手巻き、またサラダ。
赤身やいくらは遠慮した。

「こういうとこ来て普通の
寿司ばっかってどうなんすか」
後輩が笑う。

どうもこうもない。高い皿を取ると、
財布より先に心が落ち着かなくなるのだ。

気づけば、安い皿ばかり積み上げた「寿司タワー」──
誰に見せるわけでもない、僕の安上がりな摩天楼。

食後にゲーセンへ寄ったけど、すぐ飽きた。

清水駅へ戻り、アーケードの
ゲームショップでPS2を眺める。

「高いな」と言いながら、
そこまで欲しいわけでもなかった。

焼肉と筋肉痛(2001年9月29日・夜)

静岡駅に戻り、駅南の焼肉屋へ。
外観は立派だったけど、焼き加減はいまいち。
数枚を炭にした。

ハツは避けてハラミばかり。
禁酒中なのでウーロン茶を
ビールと思い込んで飲む。
……不思議と味までそんな気がしてくる。

酔った気分になりながら、肉を焦がし続けた。

「楽しかったか?」と聞かれると、答えに困る。
退屈ではなかったけど、
すごく楽しかったわけでもない。
その中間の、あいまいな時間。

あとから思い出すのは、
いつもそんな時間ばかりだ。

帰宅すると、曙の引退番組。
「東関部屋、出世したな」とぼんやり思う。

筋肉痛がやってきていた。
焼肉よりも、こっちの方が翌日にしっかり残った。


あれから8年(2009年9月29日)

あれから8年。
スポニチも読まず、静岡新聞もやめた。
「新聞は脳を活性化する」という広告を見て、
一瞬だけ購読を考えた。
でも、脳の活性化が一瞬で終わった。

ニュースはネットで十分、という時代。
でも開けば、怒号と感情のフェスティバル。
ニュースというより、絶叫マシン。

乗った覚えがなくても、
勝手にベルトを締められて振り回される。

そんな中で、このブログの断片も
検索で拾われることがある。

「清水 回転寿司 曇り空」
とかで来られても困る。

これは僕個人のくもり空であり、
なんの役にも立たない情報なのに。

それでも時代はおかまいなしだ。
誰かのクリックが、
僕の安い寿司タワーや、ぼんやりした夜を
踏み荒らしていく。

……まあ、いいか。
ここは読むためじゃなく、
ただ書き残すための場所だから。

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9/23/2009

今年は宇津ノ谷峠中毒だね:スペアのない直腸と、峠の話


   連休の最終日。
天気は薄日ながらも悪くない。
蒸し風呂のような暑さは過ぎ、
南からの風がやわらかく肌をなでていく。

この五日間はほとんど在宅。
外に出たのは一日だけで、
その行き先が──宇津ノ谷峠だった。

冒頭の写真は明治トンネル。
赤煉瓦の質感が時代を物語る。
夜に立ち寄れば、肝試しの
舞台になりそうな寒々しさがある。
一本道で狭く、車は入れない。

……直腸に似ている。暗くて狭くて、
一車線。しかもスペアはない。

なぜ造物主は二車線にしなかったのか。
切れ痔に苦しむたび、不条理な設計を恨む。

 

こちらは新宇津ノ谷隧道(昭和第二トンネル)。
今年はなぜか峠に取り憑かれたように通い、
元日から数えて幾度目だろう。
キャバクラに夢中になっていた去年を思えば、
対象が変わっただけで熱は同じだ。

ただ、六月から三か月ほどは足が遠のいた。
理由は簡単で、夏の湿気に気力を吸い取られたからだ。

アジアモンスーン気候の前では、
人間などただの怠け者に成り下がる。

今回は老犬(十四歳・北海道犬)を連れて歩いた。
九月十三日と二十日の二度訪問。

特に事件はなかったが、ひとつだけ。
生まれて初めてミンミンゼミの姿を見た。

感慨深い発見だったのに、
カメラに収めたのはなぜかカマキリ。
そういう肩すかしも、峠にはよく似合う。

 

最後の一枚は、道端にぽつんと
残されていたブラウン管テレビ。
九月十三日にはあったが、二十日には消えていた。

取り残されたその姿は、
将来の自分を予告しているように見えた。

冷たくも正直な、鉄とガラスの廃墟。
思わずシャッターを切った。

 

痔、エンド。
──お尻にスペアはない。
だからこそ、峠も排便も、
通れるうちにきちんと通っておくしかない。

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9/22/2009

ベスパと雨と、あの頃の僕


  2001年9月21日(金)

「つくづく秋だね…」
 涼しい。というか、少し肌寒い。
そろそろタンクトップともお別れらしい。

夜の20時半。雨がしとしと降っている。
夏場の地獄のような暑さと
汗だくの日々が、まるで嘘みたいだ。
今ではコーヒー一杯で一日がしのげる。

ただ、そのせいか──家で飲むビールが、
妙においしくない。
これだけは、秋の欠点だ。

飲み会の誘いが来そうな気もするが、
金欠だから電話は取らない。
節約の秋でいい。
今はむしろ、HTMLの勉強の方が楽しい。
最近、パソコンに向かってばかりだ。

2001年9月22日(土)

「暑さ寒さも彼岸まで」とは、
よく言ったものだ。
朝9時、予約していた美容院へ向かうために
ベスパを走らせたが、
半袖では風が冷たくてつらいくらいだった。

ライダーは、風で季節を知る。
今日は、もう晩秋だと感じた。

髪はすっきり整った。
カラーで少し明るくなった髪に反して、
内面はやはり暗いままだ。

午後はお隣の清水市まで足をのばし、写真展へ。
引き伸ばされた風景は、
どれも美しく、思わず立ち止まった。

京都の紅葉も見に行きたいけれど──
財布の中身までもう晩秋。
せめて三連休のあいだ、近場で小さな秋を探そう。

 □-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□
 
2009年9月──

天気は曇り、時折小雨がぱらつく。
今年は19日から23日まで
「シルバーウィーク」と名のつく大型連休。 

ありがたいことに休みは多い。
東名高速は大渋滞らしいが、
僕は渋滞知らずで過ごしている。

土曜日は美容院へ。
日曜はディーラーで車検を済ませ、
その足で家族と犬を連れて宇津ノ谷峠まで。

結局、この8年で大きく変わった
ようでいて、たいして変わっていない。

相変わらず、携帯の電源は切ったまま。
相変わらず、出費は抑えて
小さな楽しみで満足している。

2001年のベスパの僕も、
2009年の家族と犬連れの僕も、
同じ雨空の下で、秋の入口を走っている。

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9/19/2009

ホストペットクラブ ──限定解除と下ネタの青春記


 ……あらためて読み返すと、笑ってしまう。
けれど、あの頃の僕が
「残しておこう」と思ったのなら、
それで十分だと思う。

2001年9月18日(火)

「日記って、むずかしい」

日記を書こうと思っても、
書くことが浮かばない。
机の横を見渡せば、亀田製菓の柿の種。
……そして下半身に抱えた『愛の種』。

そんなくだらないフレーズを思いついて、
数日前、ポストペットの彼女に送ってしまった。
返ってきた返事には
「ボコボコに殴られた」とあった。
どうやら柿の種と
愛の種の対比が、見事にスベったらしい。

今日も暑かった。
上司がグアム旅行から無事帰国。
9月11日のテロ直後で心配されたが、
土産にナッツ2袋と
タバコ1カートンを抱えて戻ってきた。

その海外仕様のタバコには、こんな注意書きがあった。

「あなたの貞操観念を損なう
おそれがありますので、やりすぎに注意しましょう」

苦笑するしかなかったが、ネタにはなった。
人が無事に帰ってくる――
それだけでありがたいことだ。

2001年9月19日(水)

「水曜という名の真ん中」

「まんなかもっこり夕焼けニャンニャン」
――そんなフレーズがあったらしい。
僕には馴染みがないが、耳に残る響きだ。

仕事は3年目。すっかり慣れて刺激は薄い。
「石の上にも三年」と
祖父の口癖を思い出しながら、
もう少し踏ん張ろうと思う。

帰りにベスパに給油。
ガス代も安く、気軽に走れるのがありがたい。
本屋では『アサヒカメラ』を立ち読みしつつ、
隣の棚の工口本ものぞいてしまう。青い。

夜は「ハモネプ」を眺めた。
共通の趣味でつながる人たちが、羨ましく映った。


2009年の追記

振り返ると、なんとも幼い。
下ネタに逃げる言葉も、
空虚さも、若さの証拠だ。

ポストペットの相手は
誰だったのか、もう思い出せない。

いまは、軽々しくメールを送る気力すらなくなった。
人付き合いは、年を重ねるほど慎重になる。

ただ一つ、誇れるものは残っている。
バイクの免許だ。

あの頃の大型二輪は「限定解除」と呼ばれ、
試験場での実地試験しかなかった。

発表されたコースをひたすら歩いて
頭に叩き込み、軍隊のような空気の中で挑む。

僕は4回目でようやく合格。
その時の安堵感は、言葉にできない。

試験場で見知らぬ人と抱き合い、握手を交わしたあの瞬間。
まるで全国大会に優勝したみたいに誇らしかった。

バイクはSR500やスポーツスター883を経て、
最後はベスパPX200FLに落ち着いた。

『探偵物語』の松田優作が乗っていた
ベスパに似ていて、どこか気取った気分だった。

当時は乗馬用のヘルメットをかぶり、
意気揚々と走った。

 

東京の雑誌ではサマになるスタイルでも、
地元静岡では警察に止められたのも今では笑い話だ。

タバコはその年の暮れにやめた。
今でもたまに一本もらって
火をつけることはあるが、不味くて気持ち悪い。

酒もやめた。飲むなら外で、誰かと一緒に。
そう決めてから3ヶ月が過ぎた。

「生きることは汚れること」と誰かが言った。
せめて肺だけは、きれいに保っていたいと思う。

……少し自慢っぽく書いたけれど、
実際にはただの昔話を膨らませただけ。

陰気な僕にとって、語れることなんて、
それくらいしかなかったんだ。

おやすみ野菜。

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後ろ髪を引かれるdamen’s egg


   肩こりがひどくて、
ネットしてると吐き気がするズラ。
そんな体調でも、つい買って
しまったんだよ──men’s egg。

一昨日あたり、
「もうやめようかな?」と本気で
思ったのに、結局は誘惑に負けてレジへ。

服飾の内容なんて、年齢的に
とうに合わなくなってきてる。

だけど、それ以外のバカ記事とか、
ちょっとアレな記事が面白すぎて、
どうしても手が伸びるんだよね。

せっかくだからファッション
特集も流し読みしてみる。
「前髪ホス毛」「えり足長め」は
もう古いのか──
なるほど、ひとつ勉強になった。

……もっとも、
肝心の部分に髪がない自分には、
ほとんど関係ないんだけど。

ただ、サイドとネープはまだ根太くステイ。
だから欠点をカバーするために、
不自然なくらい長めに残してあるズラ。

そう、後ろ髪を引かれるってのは
こういう気分かもしれない。
飽きているのに捨てきれない、
愛情まみれで買ってしまう──
これがオレ流のdamen’s egg。

あ、そうそう。
本日、美容院にて生き残ってる部分をカット。
12トーンのイエローブラウン、
いわば反逆の夏色に染めてきたズラ。

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9/17/2009

肩凝りと青春の延長戦


 2001年9月17日(月曜日)。
秋の香りがする、マンデーマンデーだった。
左肩が痛くて、憂鬱な月曜日。

一日はあっという間に過ぎたけれど、
それを充実と呼んでいいのか分からない。

昨日導入したスカパーは、
二週間無料で観られるらしい。
ガッチャマン、ヤマト、ヤッターマン。
昭和のアニメを立て続けに観ながら、
「昭和だねぇ、ナツカシイ…」とつぶやく。

けれど、安易に「懐かしい」
に逃げてしまうのは、十年早い。
まだ青春を体験しきっていないのだから。

十代の僕は、塀の中の懲りない面々のようで、
井の中の蛙で、浦島太郎でもあった。

まるで懲役を受けたような時間を過ごし、
同世代からは確実に遅れていた。
内面は空っぽで、ただ焦るばかり。

ウィダーインゼリーのように、
すばやく栄養を吸収して追いつきたい。
できれば追い越したい──そんな気持ちでいた。


2009年9月17日。

八年前と同じように、
左肩の凝りに悩まされている。

吐き気を伴うほどで、
アンメルツを常備していた頃を思い出す。
 
しばらく無縁だった痛みが、また戻ってきた。
まるで不意に、不機嫌な
水たまりに足を取られたようだ。

処方された薬を患部に
擦り込みながら考える。

──八年前の僕は、焦っていた。
誰かと比べては劣等感を募らせ、
無意味な競争に自分を追い込んでいた。

今はもう、比べない。
「人は人、自分は自分」と強がりながら、
少し距離を置いている。

それは諦めに似ていて、
無関心の言い換えかもしれない。

去年の今頃は、街に出て
どうにかストレスを誤魔化していた。

今年はそういう場所へ足を向けていない。
異性への興味すら、
気づけば薄れてしまっていた。

要するに──
僕は年を取ったのだろう。

けれど、それを「無意味」と
呼ぶにはまだ早い。

肩の痛みとともに、
あの頃の自分はいまも
背後から追いかけてくる。
延長戦は、静かに続いている。

ラベル:

9/16/2009

あれから8年か…


今日から、このweblog
に新しいテーマを加える。
その名も──
『再掲載「赤い日記帳」』──

「赤い日記帳」は、2001年9月16日から
2004年4月8日まで、
個人ホームページ内で細々と続けていた連載だ。

人気も反響もほとんどなかった。
むしろ陰気なコンテンツのひとつだった。

ただ、その最初の更新から、ちょうど8年が経った。
節目なので、ここに少しずつ再掲載
していこうと思う。基本的には原文のまま。
あまりに青臭い表現や、今読むと
きびしい部分だけは、軽く手を入れるかもしれない。

2001年は、ネットが常時・定額で
つながるようになり始めた時代だった。

「とりあえずホームページを作ってみよう!」
という空気が、街にも部屋にも満ちていた。

HTMLを手で書き、CGIスクリプトを
拾ってきて、掲示板やカウンターを設置する。
そんな小さな部品を組み合わせて、
自分の「城」をこしらえていた。

誰が読んでくれるかもわからない。
それでも、インターネットに
自分の居場所を刻みたい──
そんな人間たちが夜な夜な画面に向かっていた。

携帯電話はまだ従量制で、
せいぜい着メロや占いページを覗く程度。
「表現」はやはりパソコンを通じてやるしかなかった。

そして2009年。
スマートフォンはまだ普及していないけれど、
Twitterのようなサービスが出てきて、
ブログの存在感も揺らぎつつある。

更新はラクになったが、
「何を書けばいいか」
はむしろ見えにくくなった気がする。

──と、前置きはこのくらいにして。
記念すべき最初の投稿を再掲してみよう。

2001年9月16日(日)

「日記スタート!」

僕は日記なんてつけたことがない。
いつも起伏に乏しい人生を送っているからだ。
だけど、書かなければならない気持ちになった。

もしかしたら、普通じゃ
絶対に知り合えないような
可愛い乙女が読んでくれるかもしれない。
そして、運が良ければ
共感してくれるかもしれない。
そんな根拠のない期待感に、
背中を押されたのだと思う。

今日は暑かった。
アクエリアスの懸賞で当たった
スカパーセットを、ようやくセッティング完了。
ただし、アダルトチャンネルは見られない。

なぜなら、テレビはリビングに1台だけ。
僕には専用の部屋などなく、
物置の片隅を自室にしているからだ。

──ただし、ラジオはある。

ともかく、我が家にもスカパーが入った。
めでたしめでたし。


(2009年9月16日 追記)

いやぁ、シンプルな文章。妄想成分多め。
当時はiMacやポストペットが流行っていて、
「女の子でもネットをやる」時代が来ていた。

ちなみにスカパーは数年後に解約。
アダルトチャンネルは、結局一度も契約しなかった。

「赤い日記帳」はサーバー閉鎖の
ため、ごく一部しか残っていない。

誰が読むとも知れぬ記録だけれど、
せっかくなのでここで
時折、振り返ってみようと思う。

ラベル:

9/10/2009

CHANELは僕を選ばなかった

「頬骨の高さとラグジュアリーの距離感」
「僕とCHANELと、ほんの少し世界が変わる話」

「私の頬骨が、もう少し低かったら。
世界がちょっとだけ違って見えるかもしれない——」

これは、大塚美容外科のテレビCMの声だ。
何年も前から、記憶の片隅に居座っている。
もちろん、骨格ひとつで世界が変わるはずもない。
けれど「ちょっとだけ」という言い回しには、
どうしようもなく共感してしまう。

さて、今日はサングラスの話だ。
特別に好きというほどではないが、
いつの間にか数本は持っている。
眼鏡よりもコンタクトを選ぶようになったのも、
きっとそのせいだろう。
眼鏡の上から掛けるには、
サングラスは少々わがままな形をしているから。

三年ほど前のことだった。
雑誌で見かけたCHANELの
サングラスに惹かれ、通販で注文した。
型番4017D。大きめのフレーム、
グラデーションのレンズ、横には例のCCマーク。
「大人の目元にラグジュアリーを」
という惹句が添えられていた。
男女兼用とあったし、
当時は今よりずっと気楽に構えていた。

届いた品は、たしかに良かった。
ケースも立派で、曲線も美しかった。

掛けた瞬間、目元に
上質な影が落ちたような気さえした。
——最初の三分間は。

だがすぐに、頬骨の上で
フレームが固定されているだけだと気づいた。
三十分もすれば、皮脂がじわりとレンズを曇らせる。
シャネルのサングラスのはずが、
僕に見せてくれるのは自分の脂のにじんだ世界だった。

要するに、この顔の角度には合わなかったのだ。
高い頬骨、低い鼻、やや大きめの顔。
それらが揃えば、
西洋のサングラスはどこか窮屈になる。

美しいカーブを描いたスポーツカーが、
いきなり未舗装の農道に乗り上げたようなもの。
衝撃はするどく、乗り心地はよろしくない。

三万円ほどの授業料で、僕は学んだ。
サングラスを買うときは必ず試着すること。
そして、自分の顔と折り合いを
つけて生きるしかないということを。

頬骨がもう少し低かったら。
顔がもう少しコンパクトだったなら。
あのレンズも、もう少し
やさしく目元を包んでくれたかもしれない。

だが現実は変わらない。
今日もまた、曇りかけた
レンズを拭きながら暮らしていく。

ラベル:

9/08/2009

ヌードの大将

きょ、きょ、今日は
と、と、とっても

つ、疲れたんで
は、は、早めに
に、日記書いちゃうんだな。

て、て、天気は、は、
晴れだったんだな。

へ、へ、部屋のそ、掃除中に
か、か、かまきりの
め、めす♀をた、助けたんだな。

あ、あ、あ、あおむけで
ジタバタしてく、く、
苦しそうだったんだな。

み、み、み、見て見ぬフリは
で、で、できなかったんだな。

ぼ、ぼ、僕はか、か、か、
かまきりのめ、め、♀は
ほ、ほ、ほんとは
に、に、苦手なんだな。

に、人間のお。お。
おんなのこ♀は
も、もっと苦手なんだな。

よ、よ、よみにくくて
ご、ごめん…なんだな…

ラベル:

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